花粉避難6年目2024

コロナから脱却…海外からの観光客と我慢してた旅への夢爆発!えらい事ですわ

代参して来ました!

沖縄でお世話になる居酒屋🏮さんがあります。

ご夫妻は、尼崎に住んでいたこともあり、立花商店街の中田屋のおせんべいが大好き❤

 

リクエストを受け買いに行きました。

お菓子の名前を確認して、沖縄に持って行くから、きちんと分かるようにしてねと話すと、途端に涙と震えてがきた女将。

何故沖縄に?から始まり、何故うちの煎餅を持っていくのか?話が始まりました。

 

実は、誰にも言ってないけど、私の父が沖縄で死んだの。長崎出身。毎日新聞社の記者で沖縄で単身赴任して働いていた。

ガマの中で最後まで新聞記事を書き、もうダメという時に、責任者達は自決し、明日の朝、沖に日本の船を準備するから、泳げる者は来い!ということで、父は、船に行ったが…

集まった者は、爆破により、沖縄の海に藻屑となってしまった。

その時父は32歳。私は2歳。妹は、母のお腹の中。母は、一人で育てくれた。

 

昭和20年は、父が亡くなり、長崎に原爆を落とされ、終戦

 

父のお骨も何もないけれど、昔、沖縄にある、戦没新聞人の碑に父の名前が刻んであるからお参りに行ったとの事。

 

私は2ヶ月、沖縄にお世話になるので、すぐに波の上神宮にお参りに行くと言うと、またまた、ザワザワ女将が、その碑は、波の上神宮の隣の護国寺の中にある!

私の代わりに参ってくれない?

 

ということで重要任務を遂行してきました。

 

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女将の預かりものは、中田屋の尼崎城🏯記念の煎餅、私からは、お酒。

お父様、立派に成長された娘さんからの愛を届けましたよ。